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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2287号 判決

被控訴人 大光相互銀行

理由

一  当裁判所の本件についての事実認定は、以下に付加補充するほか、原判決理由冒頭から原判決一四枚目表五行目「見当らない。」までと同旨であるから、この部分を引用する。

二  控訴人は、原判決摘示請求原因第二項の八、一一(八、九とあるのは控訴人の主張上の誤と思われる。)の行為は松次が顧客から依頼され預金をおろしたのを横領したもので、被控訴人に損害を負わせたものではないと主張するが、松次は払戻金を現実に顧客に交付するまでは被控訴人の被用者(使者)として被控訴人のため金員を保管していたわけであるから、これを横領すれば被控訴人の損害に帰することは多言を要しない。右一一の行為(富山富三郎関係)においては、おろした預金を借入金の返済金にあててくれと顧客富山から依頼されていたのを横領したのであるが、この場合でも右の関係は変らない。

三  被控訴人が、控訴人とともに松次の身元保証人であつた土田イマから現金一〇万円と、額面七五、〇〇〇円の株券を本件損害について受領し、右損害中右金額が消滅したことは当事者間に争いがないから、松次の損害賠償債務は二九〇万四、三七七円となることは明らかである。

四  ところで松次の不法行為は大別して、仮空借受による詐欺と金銭の横領とになるが、そのうち詐欺(原判決理由判示一、二、四、五、六、七)については、《証拠》を総合すれば、右各仮空借受の際被控訴人はいずれも借受名義の顧客またはその代理人の来行も求めず、貸付係の責任において本人との連絡や現金受領の有無を適宜の方法でたしかめることもなく、一切を得意先係である野崎松次に任せ放しにしていたことが認められるのであつて、たとえ定期預金を担保とする五〇万円以下の融資については通常かかる取扱をしていたとしても(臼杵の証言)、軽率な融資手続といわざるをえないし、また一部の融資(少なくとも原判示二の本田政一関係、但し田村恵子名義)は有合せ印による偽造書類によつたものであることが認められるから、顧客の届出印と照合すればこの段階で当然不正が発見できたはずであつてその後の松次の不法行為は免れえたと思われる。右事実のほか、前認定(原判示)のようなずさんな担保物たる預金証書の管理の仕方に乗じて松次が五回にわたる仮空借受ができたものと認めざるをえず、被控訴人主張のような、単なる一般管理の盲点をついた巧妙な不正であつたとの弁疏は到底首肯できない。次に金銭横領(原判決理由判示三、八ないし一一)については、原判示三の行為を除いては、昭和三九年一一月五日からわずか八日間に連続して四回行なわれ、これらは顧客からの照会で容易に発覚するものであるから、松次はすで出奔を決意して行なつたものであると推測され、現に右各証拠によれば昭和三九年一一月中旬の検査を前にして顧客石田サイの照会で松次の不正が発覚し、松次はすでに出奔していたと認められるので、被控訴人としてはこの段階では具体的に松次を監督するすべもなかつたかもしれないが、すでに数回にわたる長期間の不正が発見できなかつたこと自体被控訴人の過失と認められること前記のとおりであるし、臼杵の証言および原審での控訴本人の供述を総合すれば、松次は一般の行員より派手好みで取引先との交際も放漫であつたことがうかがわれるので、銀行外で現金を取扱う得意先係としては必ずしも適任でない面があるから通常以上に注意監督すべきものであつたと考えられる(殊に臼杵の証言によれば、松次は顧客から預つた金を自己の預金通帳に便宜出し入れしていたことを支店長から注意されたこともあつたことが認められるからなおさらである。)。

以上のとおりであるから、本件被害については被控訴人に松次の部署配置および監督、不正行為発生についてきわめて重大な過失があつたと認めざるをえない。

五  以上認定のほか、前記(原判示)控訴人が身元保障をなしまた更新するに至つた事情、本件被害額と回数が相互銀行の一得意先係のものとしてはかなり頻繁高額のものといえること、土田イマからは一七五、〇〇〇円を賠償せしめ一応それ以上は請求しない態度を被控訴人が示したこと(当審証人土田の証言で認められる。もつともそれが残部免除であるとまでは認められない。)、ただ、土田は被控訴人の一顧客で資産も乏しい老未亡人でそのほとんどの全資産である一七五、〇〇〇円を賠償した事情にあり(右土田の証言で認められる。)、元来松次を被控訴人に紹介しその友人であつて現在は兄野崎喜一郎と共同でカマボコ製造業を営む控訴人(原審での控訴本人の供述で認められる。)とは若干事情が異なること、加うるに、本件被害総額のほぼ半額に近いものは身元保証契約の更新後に生じたものであつて、右更新にあたり前後に被控訴人が松次の執務、行状につき通常なすべき監督と監査を行つたならば、同人のそれまでの不正行為はそのときすでに発覚していたと推測することは十分可能であり、ひいて控訴人もまた右更新に応ずることはおそらくなかつたであろうと思われること(更新以前の分について被控訴人に重大な過失があり、控訴人の責任の範囲を定めるにつき斟酌されるべきことは前項認定のとおりである)、そのほか本件一切の事情をあわせ斟酌すれば、身元保証に関する法律第五条により、控訴人の賠償すべき金額は、被控訴人の被害額のほぼ一〇分の一にあたる三〇万円をもつて相当とし、その余の被控訴人の請求は理由がないといわなければならない。

六  そうすると、原判決中右金額を超える請求認容部分は相当でないからこの部分を取消し、原判決を変更して控訴人は被控訴人に対しその請求中前記金額およびこれに対する遅滞後であることは明らかな昭和四〇年一一月二六日から年五分の割合の遅延損害金を支払うべきものとし、その余の請求を棄却。

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